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投稿日時: 2007-4-10 18:28
投稿者:ゲスト

ピルビン酸脱水素酵素欠損症の薬について

はじめまして。いつも詳しい説明をありがとうございます。
現在2歳の娘がピルビン酸脱水素酵素欠損症です。
現在服用している薬は
(一日2回)・ジクロロ酢酸
(一日3回)・アルギニン  
・アリナミンF 
・ビタメジン
・ノイキノン
です。鼻注で飲ませているのですが、最近は経口でミルク・ご飯を摂取できつつあります。(量が少したりないですが)親としてはチューブを一日でもはずしてあげたいのですが、アリナミンの匂い・味がきつく、薬のためにチューブをはずせません。アリナミンを飲ませずにというのは無理なことでしょうか?
また、ジクロロ酢酸の副作用はわかって飲ませているのですが、やめると禁断症状(?)のようなものがでてしまうのでしょうか。
ピルビン酸をためしてみたいのですが、主治医の先生は詳細がわからないということで、(治験の段階では?)ということで保留になっています。
また、他に漢方薬(オウギケンチュウトウ)を漢方薬局から勧められましたが、あまり薬ばかりになると・・。とも思っています
が体が楽になるなら・・となやんでいます。
ご意見おきかせください。乱文をお許しください。よろしくお願いいたします。

投稿日時:2007-4-11 15:43
投稿者:ゲスト

Re: ピルビン酸脱水素酵素欠損症の薬について

東京都老人総合研究所の田中雅嗣です。私は生化学あるいはミトコンドリアDNAの解析が専門で、臨床で患者さまに接した経験がありませんが、コメントさせていただきます。私はミトコンドリア病に対するピルビン酸療法を提案しておりますので、我田引水をお許し下さい。大変長文で失礼します。

【漢方薬について】黄耆建中湯(http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se52/se5200008.html)がミトコンドリア病に有効であるという科学的根拠は残念ながらありません。

【アリナミンFの効果について】ピルビン酸脱水素酵素複合体は3種類の酵素(E1, E2, E3)からできています。第一の酵素(E1)はE1αとE1βというサブユニットからできています。ピルビン酸脱水素酵素欠損症の患者さまの多くはE1αに変異があります。この酵素の活性中心にチアミンピロリン酸(ビタミンB1に由来)が補酵素として存在します。E1αの変異によってチアミンピロリン酸が酵素に結合しにくくなっている場合には、チアミンを大量に投与することによって、酵素活性が上昇し、高乳酸血症や症状が改善することがあります。一方、E1αの変異によって酵素の構造が不安定になって酵素の量が減ってしまう場合もあります。その場合にはチアミンの大量投与はあまり効果がありません。アリナミンFには特有の臭いがありますが、副作用はないので、投与を続けていらっしゃるのだと思います。なお、アリナミンFはチアミンの誘導体で、吸収されやすく、血中濃度が高く維持されます(http://alinamin.jp/fursultiamine/index.html)。

【ジクロロ酢酸の中止の可否】ジクロロ酢酸を飲み始める前には乳酸の血中濃度が高かったが、ジクロロ酢酸を飲み始めたら、乳酸の血中濃度が低下したという場合には、ジクロロ酢酸の効果がある判断されます。主治医の先生は全身状態や血中乳酸値の推移を見ながら、ジクロロ酢酸を使用されていると思います。ジクロロ酢酸を中止すると高乳酸血症が再発する可能性があります。主治医の判断に従ってください。

【ジクロロ酢酸の作用機序】ピルビン酸脱水素酵素複合体(PDHC)はリン酸化されると活性が低下し、リン酸が酵素から離れると活性が上昇します。ジクロロ酢酸はPDHCをリン酸化する酵素(PDK)を阻害します。このためPDHCの活性が上昇します。

【ピルビン酸の作用機序】ピルビン酸はピルビン酸脱水素酵素複合体によってアセチルCoAに変換されます。もともと、ピルビン酸はPDHCを活性化する働きがあります。ピルビン酸はPDHCをリン酸化する酵素(PDK)を阻害します。このためPDHCの活性が上昇します。ピルビン酸は生理的にピルビン酸脱水素酵素複合体をコントロールしているのです。

【アセチルCoAと高脂肪食】アセチルCoAはクエン酸回路(TCA回路)に入って分解され、二酸化炭素と水素(NADH)になります。この水素(NADH)はミトコンドリアの電子伝達系に送られます。酸素と水素(NADH)が反応して水になる時のエネルギーがATPに変換されます。このATPはミトコンドリアから細胞に供給されます。ピルビン酸脱水素酵素欠損症では、ブドウ糖→ピルビン酸→アセチルCoAの流れが低下しています。中性脂肪→脂肪酸→アセチルCoAの反応でもアセチルCoAを供給できますので、ピルビン酸脱水素酵素の経路を迂回することができます。このため、低炭水化物・高脂肪食が採用される場合もあるようです。ただし、脳の神経細胞ではブドウ糖→ピルビン酸→アセチルCoAの流れが重要ですので、高脂肪食で全てが解決するわけではないと思います。

【ピルビン酸ナトリウムの供給】主治医からご連絡いただければ、ピルビン酸ナトリウム1 kgあるいは10 kgを主治医にお送りします。連絡先は03-3964-3241内線3095(東京都老人総合研究所・健康長寿ゲノム探索・田中雅嗣)です。主治医の指導のもとに、ピルビン酸ナトリウムを使用してください。それぞれの施設で倫理委員会(IRB)の承認を得る必要がありますので、時間がかかることがあります。

【ピルビン酸ナトリウムの臨床研究状況】今の段階では、治療効果があるのかないのか、全く分かりません。久留米大学の古賀靖敏教授が複数のミトコンドリア病の患者さまに投与されていて、全員について1年以上経過観察ができた時点で第1論文としてまとめる予定と伺っております。投与前と後で詳しく臨床症状の程度を評価して、効果の有無を検証する必要があります。第2段階では、全国の小児専門医・神経内科医の協力が必要です。

【ピルビン酸ナトリウムは無保証】ピルビン酸ナトリウムは試薬です。その製造工場は、アメリカの食品衛生局(FDA)が設定したある施設基準を満たしています。その製造工場で作ったピルビン酸ナトリウムを医薬品製造の原料として使用しても良いという基準です。医薬品として使って良いという基準ではありません。したがって、製品に毒物が混入し、健康を損なう可能性も否定できません。自己責任で摂取してください。

【ピルビン酸ナトリウムの医薬品としての開発の可能性】最初に、毒性や催奇形性、がん原性等の安全性試験、吸収・体内分布・代謝・排泄試験、薬効薬理試験など前臨床試験が必要です。その後、普通の人に投与して副作用が無いかどうかをテストします(第I相試験)。さらに第II相試験と第III相試験が続きます(http://www.j-smo.com/process/index.html)。市販されるまでには最低でも10年の年月がかかります。気が遠くなります。アルギニンは検査用の注射薬が認可されていましたので、医師主導型治験として採用されました。ピルビン酸は前臨床試験から開始する必要があり、今のところ、どの製薬会社も重い腰を上げようとしません。まずは、治療効果の有無を英文論文で報告することが大切だと考えています。

【ピルビン酸ナトリウムの実験】ピルビン酸ナトリウムを16.5 g/Lの濃度で水に溶かして、普通のラットに水の代わりに4週間自由に飲ませましたが、異常は認められませんでした。イギリスの医学雑誌ランセットでは、ピルビン酸ナトリウム溶液を特発性心筋症の患者8人の心臓の冠状動脈に注入して、心不全が改善したという報告があります(Lancet 353: 1321-1323, 1999)。また、インターネットではピルビン酸カルシウムなどがサプリメントして売られています(脂肪燃焼促進効果?)。ピルビン酸カルシウムはピルビン酸ナトリウムより下痢しにくいようですが、ミトコンドリア病の患者さまにはアルカリ剤(下記)としてピルビン酸ナトリウムが良いと考えています。

【ピルビン酸ナトリウムのアシドーシスへの効果】ピルビン酸ナトリウムには血液が酸性に傾いたときに、アルカリ側に戻す働きもあります。このため、商品名ウラリット(クエン酸ナトリウム:クエン酸カリウムの1:1混合物)と同じような効果があります。

以下は、昨年9月に開催された厚生労働省の国際ワークショップの英文抄録を日本語に訳したものです。

ミトコンドリア病に対するピルビン酸療法
東京都老人総合研究所・田中雅嗣

背景:ピルビン酸は炭水化物、アミノ酸、脂質の代謝において中心的役割を演じている。ピルビン酸は解糖系の最終産物であり、3つの経路に利用される。すなわち、1) 還元されて乳酸となる。2) ピルビン酸脱水素酵素複合体(PDHC)によって酸化されアセチルCoAを生じる。3) ピルビン酸カルボキシラーゼによってカルボキシル化されオキサロ酢酸となりTCAサイクルの中間体を補充する。

乳酸/ピルビン酸比の重要性:乳酸/ピルビン酸比(L/P比)は臨床的にミトコンドリア機能を評価するために用いられてきた。NAD+はグリセルアルデヒド3リン酸から1,3-ジホスホグリセリン酸への酸化に必須である(GAPDH)。生じた1,3-ジホスホグリセリン酸からリン酸基がADPに渡されATPを生じる(GPK1)。従ってNAD+が不足すると解糖系によるATP産生が停止する。L/P比は細胞内NADH/NAD+比を反映するので、L/P比が25.6を超えると解糖系によるATP産生が停止すると計算される。重篤なミトコンドリア病の患者における、乳酸アシドーシスは治療が困難であり、危機的状態である。注目すべきことは、乳酸の絶対値ではなく、L/P比が解糖系によるATP産生の重要な決定因子であることである。従って、たとえミトコンドリア機能がゼロであっても、1モル(110 g)のピルビン酸ナトリウムが投与されると1モル(507g)のATPが産生される。

PDHCの活性化:ピルビン酸はピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害し、PDHC を活性化する。ジクロロ酢酸(DCA)はピルビン酸の構造類似体でありピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害し、それによってPDHC を活性化する。DCA は乳酸アシドーシスの治療に用いられてきたが、末梢神経障害などの副作用がある。ピルビン酸はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの生理的阻害剤であり、DCAと同様に乳酸レベルを下降させる効果を有するが、毒性がない。しかし、ピルビン酸は基本的に解糖系を活性化するので、ピルビン酸投与によって乳酸値が上昇する場合もある。

呼吸鎖欠損症:ピルビン酸はρ0細胞のように呼吸機能が欠損した細胞の培養に使われてきた。グルコースから乳酸への解糖の過程でNADHの収支はゼロであるが、他の栄養素の異化によってNADHが生成する。もしもNADHが細胞内で蓄積すると、解糖系が停止し、ρ0細胞は解糖系からATPを得ることができなくなる。ピルビン酸が培養液に添加されると、ピルビン酸はモノカルボン酸アンチポーター(monocarboxylate antiporter, MCA)によって細胞内の乳酸との交換によって選択的に細胞内に取り込まれる。細胞内に取り込まれたピルビン酸はNADHをNAD+に酸化し、このNAD+は解糖系によるATP産生を回復させる。

アルコール代謝の促進:我々はピルビン酸のアルコール代謝に及ぼす影響を調べた。ピルビン酸ナトリウム5 gの経口摂取はアルコールの酸化を約20%上昇させた(日本特許 2000−204038)。アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)の遺伝的欠損を有する個体ではピルビン酸はアセトアルデヒド濃度をさらに上昇させた。これはアルコール脱水素酵素(ADH)によって触媒されるエタノールからアセトアルデヒドへの第1の反応が、ピルビン酸によってNAD+が補充されることによって促進されるが、アセトアルデヒドから酢酸への第2の反応が酵素欠損のためにブロックされているためである。アセトアルデヒド濃度の上昇を緩和させるために、我々は1440 mgのL-システインをピルビン酸と共に投与した。これはアセトアルデヒドがL-システインと反応してチアゾリジン誘導体となり、これが尿中に排泄されるためである。ピルビン酸とL-システインの組み合わせによりアルコールの酸化は約30%上昇した(日本特許 2002-187839)。これらの結果は、経口投与したピルビン酸が、少なくとも肝臓において細胞内のNAD+/NADH比を上昇させることができることを示している。

シトリン欠損症に対する治療:我々はシトリン欠損症のモデルマウスにおいて肝灌流実験を行いピルビン酸と投与の効果を検証した(J Hepatol 44: 930-938, 2006; 日本特許 2006-036646)。成人発症2型シトルリン血症(CTLN2)はミトコンドリアのアスパラギン酸/グルタミン酸輸送体(AGC)をコードするSLC25A13遺伝子の変異によって生じる。この輸送体はミトコンドリアからアスパラギン酸を運び出す過程を担っているので、細胞質においてアスパラギン酸とシトルリンからアルギニノコハク酸を形成する尿素サイクルの1過程が障害される。この輸送体はリンゴ酸-アスバラギン酸シャトルの一部を形成しているので、その欠損により還元当量(NADH)の細胞質からミトコンドリアへの輸入が障害される。NADHが細胞質において過剰になると、脂肪酸とグリセロールの合成が促進され、その結果、脂肪肝さらには肝硬変が生じる。シトリンノックアウトマウスの肝臓にピルビン酸ナトリウムを灌流すると、アンモニアからの尿素合成が改善された。ピルビン酸の効果は次のように説明される。ピルビン酸はNAD+を供給し、このNAD+はリンゴ酸のオキサロ酢酸への酸化に利用される。アスパラギン酸はグルタミン酸からオキサロ酢酸へのアミノ基転移によって形成される。このようにしてミトコンドリアから細胞質へのアスパラギン酸の運び出し系の欠損による代謝的異常は、ピルビン酸を肝臓に供給することによって回避される。シトリン変異をホモで有する人は、日本における保因者の頻度(400人中6人)から計算すると2万人に1人以上であるので、日本における患者総数は6400人を超えると推定される。シトリン欠損症患者にピルビン酸を投与することによって、肝臓移植が必要とされるような重篤な肝障害を防止できると期待される。

ミトコンドリア脳筋症に対する治療:我々は5 gのピルビン酸ナトリウムをCPEOの患者(26歳、女性)に投与した。投与30分後(安静時)にピルビン酸値は0.85 mg/dLから1.16 mg/dLに上昇し(正常値 0.30-0.90 mg/dL)、乳酸値は21.8 mg/dLから18.9 mg/dLに下降し(正常値 4.0-16.0 mg/dL)、 L/P比は25.65から16.29 に低下した(正常値 < 10)。患者の血液量を 3 Lとすると、ピルビン酸値は5/3 g/L x (87/110) = 132 mg/dLだけ上昇すると期待される。従って、投与されたピルビン酸は血液から組織に取り込まれたと推定される。L/P比の減少は、ピルビン酸の投与によって細胞内の酸化還元状態が改善され、解糖系によるATP産生が回復したと推定される。

投稿日時:2007-4-11 23:42
投稿者:ゲスト

Re: ピルビン酸脱水素酵素欠損症の薬について

早速、ご回答いただきありがとうございます。
メ−ルの内容を主治医の先生に伝え、検討したいと思います。
お忙しいなかありがとうございます。